TOP > プロフィール
1928年、高知県大方町(現黒潮町)に生まれる。
15歳で南満州鉄道に入社し、中国で敗戦を迎える。
18歳で日本へ引き揚げてきてからは、マグロ漁船の乗組員、土佐の一本釣り漁師、広告会社勤務など、三十数種の職を転々とする。
長男の小学校入学を機に定職を求めて就職活動をするが、どこにも採用されず断念。
1964年、大阪府守口市に一坪半の模型店「海洋堂」を開業する。斬新なアイデアと行動力を武器に、帆船ブームやガレージキットブームを日本に引き起こし、模型メーカーとなる。
1999年、海洋堂の企画・製作による「日本の動物コレクション」をおまけとして入れたフルタ製菓の「チョコエッグ」が爆発的にヒット。海洋堂ならびにフィギュアを作る「原型師」の存在が、広く知れ渡ることになった。
『創るモノは夜空にきらめく星の数ほど無限にある』講談社より


| 年 |
筆者・海洋堂関連 |
|---|---|
| 1964(昭39) | 大阪府守口市の京阪電鉄土居駅近くに、模型店「海洋堂」をオープン |
| 1965(昭40) | 店内にレーシングサーキットを設置 |
| 1966(昭41) |
守□市の土居公民館で「これがプラモケイだ展と作品コンクール」を開催 PR紙『海洋』創刊号を刊行 |
| 1967(昭42) | 製作アトリエ「帆船工房」を守ロ市内に開設。帆船の完成品販売を開始 |
| 1968(昭43) | 枚方公園前の沿道に出店。香具師とともに商いをする |
| 1970(昭45) |
アメリカのプラモデルメーカー、レベル社の創業者社長が来日。 海洋堂オリジナル工具の開発を開始 |
| 1972(昭47) |
PR誌『ホビーへの誘い』を刊行 オリジナル工具の商品名と「アートプラ」「ARTPLA」を商標登録 |
| 1973(昭48) | PR誌『商いの手帖』を刊行 |
| 1974(昭49) | 体調を崩し、一年半の休養を余儀なくされる。その間、創成期スタッフのほとんどが海洋堂を去る |
| 1976(昭51) |
オリジナル工具セールスのため、日本一周キャラバンを敢行 大阪府門真市のボウリング場跡にレーシングサーキットを開設 |
| 1977(昭52) |
門真市にホビー館を開設。館内に戦車用ジオラマコースを設置 ホビー館内にレーシングサーキットを設置 |
| 1978(昭53) | 営業のすべてをホビー館に一本化 |
| 1979(昭54) |
ホビー館内に作品展示ギャラリーを設置 経営危機を脱するため、プラモデルを景品にした古新聞の回収を思い立つが、思うようには利益が上がらず断念 |
| 1980(昭55) |
ホビー館内にゲーム機を設置。これが当たって経営危機を脱する ホビー館内に帆船サロンを設置 |
| 1981(昭56) |
レジン樹脂およびバキュームフォームによるオリジナルプラモデル(ガレージキット)の製造を開始 ホビー館内に造型室を設置 |
| 1982(昭57) |
PR誌『造型狂』を刊行 バキュームフォーム製の海底軍艦で初めて版権を取得 |
| 1983(昭58) |
東京・神田の三省堂書店本店で「アートプラ展」開催 長男修一、『宇宙船』主催のアメリカSFツアー参加(初渡米) 『ARTPLA』創刊号と第二号を刊行 |
| 1984(昭59) |
東京・茅場町に「海洋堂ギャラリー」をオープン プラモデルの販売をやめ、ガレージキットの製造・販売へと移行する(模型店からメーカーへ) |
| 1985(昭60) |
株式会社に改組。修一、専務取締役に就任 ホビー館内に恐竜ジオラマゾーンを設置 五十二歳にして初めて渡米。ユニバーサルスタジオなどを訪問 アメリカの恐竜学者らが海洋堂に来社。映画「グレムリン」のSFX担当者クリス・ウェイラスと出会う |
| 1986(昭61) |
『ARTPLA』の第三号を刊行 実物大「大魔神」を大映から引き取る 大阪の心斎橋プランタンで「アートプラ展」を開催 東京のギャラリーを茅場町から渋谷へ移転(渋谷第一ギャラリー) 渋谷第ニギャラリーをオープン |
| 1988(昭63) | ニューヨーク自然史博物館へ海洋堂製作の恐竜シリーズを持ち込み、高く評価される |
| 1989(昭64/平元) | 大阪ホビー館の店舗が新装オープン |
| 1990(平2) |
東京の池袋サンシャインシティで恐竜展「ダイノランド」を開催 渋谷の二つのホビーロビー(ギャラリー改め)を統合 幕張メッセで開催された「日立ディノベンチャー’90」に出店 大阪の海遊館オープンに合わせて「アクアランドシリーズ」を開発。同館で販売 |
| 1992(平4) | 「ワンダーフェスティバル」を主催していたゼネラルプロダクツが解散。同フエスティバル開催権を引き継ぐ |
| 1993(平5) | 大阪・梅田で開催された「ディノアライブ」をプロデュース |
| 1994(平6) | クリス・ウエイラスから恐竜ヘッドが贈られる「ワンダーフェスティバル94夏」で「アートプラ大賞コンテスト」を開催 |
| 1995(平7) | フィギュア作品写真集『コンプリート・ボーメ』を刊行 |
| 1996(平8) | フルタ製菓「ポケットモンスター」のおまけの原型を製作。食玩との関わりが始まる |
| 1997(平9) |
渋谷ホビーロビーを秋葉原に移転。「海洋堂ホビーロビー東京」と改称 大阪の心斎橋パルコ2に「海洋堂ホビーロビー大阪」をオープン。門真市の店舗業務を終了する |
| 1998(平10) |
アメリカのニューヨークアートギャラリーで、ボーメフィギュア個展を開催 「ジーベックトイズ」ブランドでアクションフィギュアの製造を開始 ホビーロビー東京を秋葉原駅前のラジオ会館に移転 中国での開発・生産が始まる |
| 1999(平11) | 海洋堂の企画・製作による「日本の動物コレクション」がおまけに入ったチョコエッグ、フルタ製菓より発売開始 |
| 2000(平12) | 「K&M」ブランドでカプセルトイの製造を開始 |
| 2001(平13) |
ボーメ作フィギュア、パリのカルティエ美術館で開催された「日本現代アート展」に出品 フルタ製菓で内紛 門真市内の新社屋に本社機能を移転 海洋堂製作の一連のおまけがグッドデザイン賞を受賞 |
| 2002(平14) |
「ワンダーフェスティバル'02冬」で、フルタ製菓との決別書「さらばチョコエッグ」を配布 タカラ/ドリームズ・カム・トゥルーと提携。「日本の動物コレクション」などをおまけとする「チョコQ」が夕力ラより発売される |
| 2003(平15) | 現社屋の横に新社屋建設用地を確保(新社屋は同年10月に完成予定) |




